わたしのアジェンダ

…というほどのもんではないですが(→画像)

日本で「情報は一冊のノートにまとめなさい」っちゅう本を買って(ヤフオクで。)帰ってきたのです。

(余談ですが、ネットで見ていくら興味をそそられても、すぐに本屋に走って手にすることができないのが日本にいないことの最大のフラストレーションです)(いや、ぜんぜん読書家じゃなくってもね)

で、早速読んで感化されて、「一冊のノートに」であります!^^

関空のno nameさんがKWにしていらして、えらく惹かれたのです。

私は、たぶん一生使わないだろう、ってくらいのノートを持っております。どこに行っても、なぜかノートを買ってきちゃうのです。ソニプラ行っても。スーパー行っても。勉強家でない人に買われた未使用のノートくらい、切ないものはないかもしれません。何年たっても、そこに保管されているわりに、まあたらしいお洒落なノートが追加されたりします。

それなのに、毎年夏がすぎ、秋になる頃には来年のスケジュール帳の心配をしだして

書き込む予定のないくせに、(どっちが使いやすいか、使ってみないとわかんないもん)とか言い訳しながら、ひどいときは二種類用意したりします。

最近は、年末に売り出される雑誌に使い勝手のよさそうな手帳が付録でついてきたりします。(eduっていう母親むけの雑誌についてきたのは付録と思えないほどよかったです)

でも、スケジュール帳以外に雑記用のノートも持ち歩いてたりします。ついでにそういうノートがテーマ別にいつのまにか増殖していたりします…。(関空でKW化したいノートとか…)

でも、書きたいときに、どっかに紛れ込んで、見当たらないので、また新しく作ったりします。(それはだらしないだけだって)

こんなのでうまくいくもんもいかねーよって、ハタから見てりゃわかることですが、本人は気づいてませんでした。

「一冊のノートに」画期的です。

そう、案外、「時系列」ってのがいちばん不動で、わかりやすい集め方ですよね。

(そういえば唐突に思い出しましたが…むかし、ファイリングシステムをコンサルーする仕事場にいたんですが…そこでコンサルタント(という名の普通のサラリーマン)の上司がとくとくとお客さんに説いていたのは「時系列でファイルしてしまうが最後、書類は絶対に出てこない」だったんですけど。…その頃とは時代が進んでしまいましたね…。(今はどういうふうに説いているのかしりませんが)

アナログに時系列に並んでいるものを、コンピュータでインデックス管理する。検索できる。なるほど。

ま、検索するほどのメモをとっているのか>わたし は別としても

「一冊のノート」の考え方は、シンプルで気楽になれました。

文房具は好きなので、好きなノートのブランド(クレールフォンテーヌとロディアです)も、好きなスケジュール帳のブランド(Lettsかリドです)もありますけどーーなんのかんのいってもA6のノートが手に入りさえすればいい!っていう潔さがいい。いぇ~い。

まー、マレーシアでは、ノートの規格が商品に記されていることすら珍しく、今回A6のノートもほんの数冊しか売り場に置いてなかったんだけど…うれしくなって買ってきました。(ん?ということで、もしかするとまた未使用ノートの在庫を増やしたのだらうか…)(いや、もしかしないでもそうやで)

つけてるカバーは、最初の一月で頓挫して日の目をみなかった「ほぼ日手帳」のカバー(2006)。

とりあえず、なんでも書いてしまえ~というノリで、

今日買うものリストから、レコーディングダイエット(やってたんかい)から…心の叫びまで。

「一冊のノート…」著者のように、うまく分類はできそうにないけど、

ま、いっか。

自分用にカスタムすればいいんだし。

わたしのアジェンダ、決定。そして最初のページからめちゃくちゃラフ(ええ、雑ですが何か)な字で。わたしらしくていいや。エヘン。

※余談ですが、写真に写っているボールペンはJALでもらった?(とってきた?)もの。筆記具も好きですけど、もらってきて名前の入っているボールペン、昔はそんなの恥ずかしいなんて思ってましたが。いまはなんだかめっちゃ好きです…。(変な趣味)ねぇねぇどうして家に来たのかい?お前さん…って話しかけたりします。(うそですけど)神戸ベイシェラトンの名前の入っている細めのボールペンが非常にグーでございます。

わたしのアジェンダの画像