11:41 pm 今日はなにやら
めずらしく人気者な日でした。
英語のクラスに行ったら、クラスメートから「カンペンケース」をプレゼントされました。(しかも授業中に)
しかも…コリアンとタイワニーズの友人ふたり、それぞれくれたのが、全く同じ柄の「カンペンケース」(スチュアートリトルの)でした。
なんでまた示し合わせたわけでもないのに、同じフデバコなの?(要するに二つ同じフデバコをもらったということ…)とぶしつけにも質問したら、学校の売店で売ってるものなのだそうな。あはは、そういうことだったのか。
でもなんかさぁ、カンペンケースのプレゼントっていうのも、小学生時代に戻ったみたいで、おかしいくらいうれしかったね。なぜフデバコをくれたのかっていうと、わたしが前の週のクラスのときに、
筆記用具(えんぴつ2,ピンクのペン1,消しゴム1)をあろうことか、輪ゴムでひとくくりにしたのをテキストに挟んで持っていったんですね。(いちおう、これでも女です…)それが話題にのぼって、冗談で「いや~貧乏なのでフデバコないのよ」(ほんとはあったんだけど、どっかにやってしまって出てこないので輪ゴムで代用…)とか言ってたら、「おたんじょうびにフデバコみんなでプレゼントしてあげるよー」とか言われて、「あら、ほんと?いいの、そんなこと言っちゃって。実はたんじょうびすごく近いんだよねー(ニヤリ」とかって言ってたら、ほんとにくれたのでした。(しかも二つ)
こういう親しみの感覚って、会社勤めやバイトしてたりしたら、大人になっても味わえたりもするんだけど、そうでなければなかなか味わえないものだと思う。気が合うからつるむ友達関係とも違って、単にたまたま袖すりあわせただけの関係でも、わたしのことチラリとでも思ってくれたんだなあって思うと、すっごくうれしいもんだ。社交辞令的な、大人な、いわゆるそれなりの価値(値段のする)のあるアイテムじゃなくて、伊東屋で買ったナイスなステイショナリーというのでもなくて、学校の売店で求めたカンペンケースってとこが、なんだかとても愛しい。私はこの人たちのことをずっと忘れないんじゃないかと思うもの。もちろん相手は軽くてささやかな気持ちだったんだと思うんだけどさ。
わたしは相変わらず、クラス一、すっとぼけた人で、相変わらずすっとぼけた英語?しか話せないすっとこどっこいなのだけど…気のおけない人たちってのと、この異国でも会えたことがうれしくて。それって地球レベルで(って地球レベルにしちゃうのかい~)すごいことじゃんね、と思うのであった。
※画像 いただいたペンケース まったく同じもの二つ。一つにはスニッカーズが一個入っていて(メッセージのメモがついてるほう)もう一つには、鉛筆とものさしが入っていました。なんでかしらないけど、かなり前に観た記憶のある「スチュアートリトル2」(映画)のキャラですよ。それとクッキーもいただきました。